白人の彼女ができて人生が楽しくなった件について 序章 オーストラリアへ短期留学のきっかけと彼女に出会うまで

白人の彼女ができて人生が楽しくなった件について 序章 オーストラリアへ短期留学のきっかけと彼女に出会うまで

2020年2月26日 0 投稿者: Goal
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どうもゴールです!(@Goal_mmm :Twitter)

僕の人生が変わった物語を章ごとに分けて物語として語っていきたいと思います。

よろしければフォローをしていただいて、僕と彼女の惚気や面白いえぴどーどなどをつぶやいているのでぜひよろしくお願いします。

 

 

留学へのきっかけ

僕は留学へ行くのを決めました。当時大学2年生だった僕にとって、今考えると大きなターニングポイントでした。

そりゃ留学行くんだからそうだろ、という人が多いと思いますがまず僕について話させていただきます。

僕は大学は地方にある工業大学に通学していて、なんの変哲もない一人の大学生でした。推薦で大学に入った分、むしろほかの同期よりも勉強ができない自覚がありました。

そんな僕がある日友達に2週間の留学に行かないかと誘われることになります。

友達は同じサークルで仲良くしている友達の一人でした。

僕は海外に行くことに関してはそこまで抵抗はありませんでした。なぜなら父が旅行好きでよく海外へ行っていたからです。

その背景もあり友達に誘われたオーストラリアへの短期留学はあっさりと決まりました。

留学の内容は8人の学生を大学の責任者の人が連れて、2週間の異文化交流学習をするというようなプログラムでした。

ここで勘違いしないでほしいのが決して僕は英語ができるほうではありませんでした。

先ほども述べましたが推薦で入った僕は学力が高くなく、加えて工業大学ということもあり英語を学ぶ機会や勉強をするモチベーションはありませんでした。

「まあとりあえず英語できなくても2週間の短期留学なら何とかなるべー」と北海道州出身の方言をバリバリ出しながら友達と話していたのは記憶に新しいです。

そんな僕が留学を決めた一番の理由は

楽しそう

だったからです。

なんとも典型的な大学生の一人だった僕はしっかりと普通の大学生としてのみちを歩んでいくわけです。

この選択が僕の人生にとってとてつもなく大きいと確信をもって言えることになるなんて夢にも思いませんでした。

 

いざ短気留学へ

いざオーストラリアへ留学した僕はさっそく壁にぶつかることになります。当初予想していたものよりも英語ができなかったことです。

はい、あほです。

英語をしゃべろうとも今考えると何を伝えているのかも、何を言えば相手に伝わるかもわからず、四苦八苦していたということに今更ながら気づいています。

当時の僕は底なしのあほだったので、何とかなってるなみたいな気分でいましたが実際はほとんどしゃべらなかっただけなんだと思っています。

また、海外へ旅行をしていたのでほかの人より海外への耐性がありアドバンテージがあると感じていた僕は自信家になっていたような気がします。

なので初めに現地へ着きホストマザーといきなり対面させられしゃべるときは本当に緊張しましたが何とかFacebookの交換をして何とかコミュニケーションをとることができました。

といっても、ほぼ理解できてないかったなと感じています。

そんなこともあり英語が全くできないにもかかわらず留学へ乗り出した僕は初めての英語でのコミュニケーションをとり自信をつけたような気がしていました。

 

短気留学でしたこと

短期留学は全部で二週間ほどで、一週目は語学学校へ行き午後は自分の大学の協定校である大学との学生との交流が主でした。

二週目は向こうの大学生とより親密になり、ワークショップやそのほかの交流や観光の案内などをしてくれたりとても助かりました。

もうお分かりかもしれませんが短期留学において、この協定校の学生の中に後にぼくの彼女となる人といました。

しかし、彼女と出会う前に話しておかなければならない話があります。

それは僕の英語のなさが生んだ、留学へ行ってからの初のやらかしです。

 

 

バス乗り間違いやらかし

ホストマザーからしっかりとバスの位置と電車を教えてもらっていた僕は安心しきっていました。番号も覚えていたような気がするんですが、、、

初日であり語学学校が終わり、その後の観光を楽しんだ僕は帰りが遅くなってしまいホストマザーに怒られないように急いでいた僕は、しっかりとバスを間違えてしました。

間違えたバスは逆方向へ進むバスでそれに気が付かなかった僕は30分以上乗っていました。10分もしないで目的地に着く予定だったんですが、、、

しかし、これにちゃんとした理由があります。

それはバスの運転手にあらかじめ聞いていたのです。マップを見せて

「このバスはここに行きますか」と

しかし、英語ができなかった僕はそれが通じたと思い、そのままバスに乗りずーっと待っていました。30分たったころに心配になりバスの運転手に聞いたところ

「これ逆に行くバスだよ」的なことを言われた僕は唖然としました。

そして、血の気が引いたのを感じました。

当時の僕はあほだったので、死ぬかもしれないと感じていました。

結局すぐ降りて真っ暗な中タクシーを探して何とか10時30くらいにホストマザーの家につきほっとした僕がいました。(50ドル:4000円ぐらいかかった)

そんなあほな失敗を経験した僕は何とか生き残ったことに誇りを持ち次の日を迎えました。

 

ウェルカムパーティでの出会い

ウェルカムパーティーとは協定校の大学生がプログラムを通していろいろ親切に歓迎会をしてくれました。

英語ができなかった僕はこれをきっかけとして英語の練習をしよう!と息巻いてしゃべる練習を一人でしていたような気がします。

ウェルカムパーティーでは8人の日本からきている学生と20人以上のオーストラリアの学生が混じって交流するというものでした。

その中には自己紹介もあり、打ち解けたような雰囲気がありました。

次第にパーティーは盛り上がっていきましたが、陰キャな僕はなかなかしゃべることができず四苦八苦していました。

といっても数人とは話すことができましたがあまり言葉が通じていたとは言えませんでした。

その中で運命の出会いを果たします。

ドラマや映画のようなワンシーンだったと今でも覚えています。

彼女は、「ローラ」という名札を胸につけており一瞬で一目ぼれしてしまいました。

文字もそうでしたが顔が可愛く一瞬で「仲良くなりたい!」と思いました。

いつもの僕ならチキンなので、話しかけず終わるのですがなぜかこの時だけ話しかけることができました。

「im goal!! nice to meet you」

これがはじめての言葉だったような気がします。

ローラは驚いたように

「im laura nice to meet you too」

みたいなことを当たり障りもなく言っていたような気がします。

しかし、英語ができなかった僕はなぜか

「can i take photo ?」みたいなことを言いました。

今思うと、なんだこいつ?って彼女に思われていたに違いありません。

 

そして無事に初コミュケーションをかわいい女の子ととることができた僕は、、、、、

 

しっかりと友達に自慢しました。

はい、特に何も聞いてません。

ラインもFacebookも

チキンだった僕は写真を撮ることに満足し、バイバイをして離れていきました。

陰キャだった僕はこれを武勇伝に工業大学の友達に一生自慢することにしようと思っていました。

これがローラとの出会いであり、彼女との出会いでした。

ここからどんな発展していって彼女になるのでしょうか

それに関しては次の章、人生の最高の修羅場と彼女

で語っていきます。

 

駄文を読んでいただきありがとうございます。

よろしければ次の章もよろしくお願いします。